'12.03. 03 くもり・時々雨      雛祭りに想う

タペストリー

私達姉妹の古くて不揃いなお雛様を最後に見たのは 31年前の里帰りお産の時に 私に女の子が産まれたとわかったその数日後 母が雪の降る日に  預けていた2歳になったばかりの私の長男をたいくつさせまいと  座敷に長男といっしょに遊びながら飾ってくれた時だったと思う。

母が懐かしく思いながらお人形を出すのに夢中になっているうち ひょいと後ろを振り返ったら 雛壇の一番上に 長男がちょこんと座っていた そうで 驚きもしたが お内裏様に変身したかのような孫の姿が 可愛かったと 今でも母だけの笑える記憶になって残っている。

  娘には二人の男の子がうまれたが 婚家からガラスケースに入った 鎧兜をつけた立派な金太郎人形が送られてきたこともあって 我が家にあったものは大き過ぎると やんわりと却下された。
息子に産まれた女の子には 手芸屋さんでみつけた雛人形のプリントに わたしが刺繍をしてタペストリーに仕上げ プレゼントした。 あの頃の地方に伝わる古い習慣 あるいは伝統と言えるものだったのだろうと思うが 私たち姉妹にそれぞれ息子が授かった時 両親から鎧兜の内飾りが送られてきた。 私たち姉妹にそれぞれ娘が授かった時も 部屋が狭くなるような段飾りを送ってくれた。 そのうちの鎧兜二組 私達のを含めて三組のお雛様がいま我が家の物置で眠っている。 古びた価値のわからないものがまだ 物置にはいっぱいあって  探し物の度に これらをどうしたらいいものかと思案にくれることがある。

捨てればいいのだろうが 捨てたくないものとの仕分けに も時間と労力がかかりそうだし 勿体無いと思う気持ちにも左右されそうな気がする。
作業場にも無駄と思われるような物が溢れているので もっと簡素に暮らしたいと思っている私の気持ちとは矛盾してしまう。 自分の中で物に対する何か基準を持たなくてはと思い始めた。

遺品整理が仕事になる御時世だから いずれお金で解決できることだろうと 承知してはいるものの これら全部を置いておく場所があるからといって  そのままにして置いたら きっと子供達に迷惑をかけることになるだろう。 引越しする時には片付けられそうだが そんな予定はない。

ひな祭りに想うことが 遺品整理に繋がってしまうなんて  つくづく 加齢を嘆くことなってしまった。